街話§神保巷塵[90]神田天丼家 [神保町]
[承前]
神田天丼家は専修大学交差点近くの路地裏にある。かつては神保町1丁目の北側路地裏、とんかついもや、天麩羅いもや、そして天丼いもやの3軒が集まっていたが、とんかつも天麩羅も閉店し、そして20年くら前には天丼の店も閉店してしまった。
……と思っていたら、現在の場所に引っ越してきたのだ。先代は既に亡く、息子が後を継いで、店名も“神田天丼家”として新たな出発をしたのだ。
宮仕えしていた会社からもほど近くなったので、食べに行きやすくなった。営業時間は11時から16時頃までとランチ使いの店なのだ。12時近くなると、10人くらいは並んでしまうので、混雑を避けて11時半過ぎには早飯よろしく店に入ると“若旦那”が顔を覚えてくれたようで「いつもどおりですか?」と、ご飯を少し軽めにして出してくれる。
海老、烏賊、鱚、南瓜、海苔が胡麻油で香ばしく揚がり、そこに辛口タレが食欲を刺激してくれるのがうれしい。
定年退職した時は600円だったが、最近食べに行ったら700円になっていた。ずいぶんと久々の訪問だったにもかかわらず、若旦那は顔を覚えていてくれて“いつもどおり”ご飯軽めで出してくれた。値上がりはしたけれど、変わらぬ味を提供していてくれることに感謝したのだった。
[続く]
《神保町のトピックス一覧》
神田天丼家は専修大学交差点近くの路地裏にある。かつては神保町1丁目の北側路地裏、とんかついもや、天麩羅いもや、そして天丼いもやの3軒が集まっていたが、とんかつも天麩羅も閉店し、そして20年くら前には天丼の店も閉店してしまった。
……と思っていたら、現在の場所に引っ越してきたのだ。先代は既に亡く、息子が後を継いで、店名も“神田天丼家”として新たな出発をしたのだ。
宮仕えしていた会社からもほど近くなったので、食べに行きやすくなった。営業時間は11時から16時頃までとランチ使いの店なのだ。12時近くなると、10人くらいは並んでしまうので、混雑を避けて11時半過ぎには早飯よろしく店に入ると“若旦那”が顔を覚えてくれたようで「いつもどおりですか?」と、ご飯を少し軽めにして出してくれる。
海老、烏賊、鱚、南瓜、海苔が胡麻油で香ばしく揚がり、そこに辛口タレが食欲を刺激してくれるのがうれしい。
定年退職した時は600円だったが、最近食べに行ったら700円になっていた。ずいぶんと久々の訪問だったにもかかわらず、若旦那は顔を覚えていてくれて“いつもどおり”ご飯軽めで出してくれた。値上がりはしたけれど、変わらぬ味を提供していてくれることに感謝したのだった。
[続く]
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懐話§修学旅行~高等学校編[上]~ [旅行]
[承前]
“修学旅行”もあっという間に最終回……高校編である。実は、1年生の時に行われた日帰り修学旅行も体調不良でキャンセルしている。行き先だが、中学1年の時と同じ長瀞だった。
高校での修学旅行は1年と2年の2回で、3年次で行われなかったのは、受験を控えていたからではなかったか。
というわけで2年生の時の修学旅行は奈良&京都4泊5日、新幹線で往復するというものだった。
むさ苦しい県立男子校ゆえ何というかハチャメチャ感満載で、新幹線が動き出したところで、麻雀を始めるグループがあったり、奈良に一泊する初日は猿沢池に面した旅館だったが、夕食後に部屋に戻った一人が、あろうことか隠し持ってたウィスキーを呑んで、酔っぱらって騒ぎだしてしまい、教師の眼を誤魔化すべく、必死になって寝かしつけたり、別の部屋で麻雀をしていたら教師が入ってきて、叱られるかと思ったら一言「あと半荘やったら……貸してくれ」というオチだったのである。
初日のコースだが、東大寺から始まって、若草山、春日大社を回って旅館に戻ったのだが、帰り道は少し暗くなりかかっていて、ふと振り向いたら、若草山(三笠山)から満月が出てくるところ。まさしく阿倍仲麻呂が歌った……
あまの原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも
……そのままを、リアル体験したのだ(……俺だって勉強はしてたんだぜ!
冒頭“あっという間に最終回”と書いたが、初日だけで字数がオーバーしたので、2日目以降は明日としたい……刮目して待て!
[続く]
《昭和のトピックス一覧》
“修学旅行”もあっという間に最終回……高校編である。実は、1年生の時に行われた日帰り修学旅行も体調不良でキャンセルしている。行き先だが、中学1年の時と同じ長瀞だった。
高校での修学旅行は1年と2年の2回で、3年次で行われなかったのは、受験を控えていたからではなかったか。
というわけで2年生の時の修学旅行は奈良&京都4泊5日、新幹線で往復するというものだった。
むさ苦しい県立男子校ゆえ何というかハチャメチャ感満載で、新幹線が動き出したところで、麻雀を始めるグループがあったり、奈良に一泊する初日は猿沢池に面した旅館だったが、夕食後に部屋に戻った一人が、あろうことか隠し持ってたウィスキーを呑んで、酔っぱらって騒ぎだしてしまい、教師の眼を誤魔化すべく、必死になって寝かしつけたり、別の部屋で麻雀をしていたら教師が入ってきて、叱られるかと思ったら一言「あと半荘やったら……貸してくれ」というオチだったのである。
初日のコースだが、東大寺から始まって、若草山、春日大社を回って旅館に戻ったのだが、帰り道は少し暗くなりかかっていて、ふと振り向いたら、若草山(三笠山)から満月が出てくるところ。まさしく阿倍仲麻呂が歌った……
あまの原 ふりさけ見れば 春日なる
三笠の山に 出でし月かも
……そのままを、リアル体験したのだ(……俺だって勉強はしてたんだぜ!
冒頭“あっという間に最終回”と書いたが、初日だけで字数がオーバーしたので、2日目以降は明日としたい……刮目して待て!
[続く]
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