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週話§土曜流転~大きな車~ [自動車]

今年で、運転免許取得からちょうど40年となる。30歳になったタイミングで取ったから、やや遅めといえば遅めな取得年齢である。

今乗っている車で4台目。排気量は1500㏄から始めて、2000㏄、2000ccと続き、4台目は1200㏄となった。

運転勝手は、今の車が断然楽ちんで、今さらながら2000㏄の車に乗る必要はなかったと思っている。第一に大きい、第二に燃費が悪い……高速を走ってもトータルで2ケタに届くことはないが、今の車は45リットル満タンにすれば、600km以上は楽々走ってくれる。下の道だけでも500kmは走ってくれるのではないか。

そもそも家族二人しかいないのに、3ナンバー&2000㏄は不要だったのだ。

というわけで、燃費のいい1200㏄の車は使い勝手がいいので重宝しているが去年で10年超となり、最後になる車と思い定めて、あと数年ほどで手放すことになる。

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費話§自動車の買い替え [自動車]

1984年に運転免許を取得してから、これまでに車を4台買い替えている。およそ10年ごとの買い替えということになるだろうか。

最初の車は8年使った。走行距離はおよそ8万kmで、実にマメに運転していたことがわかる。住んでいた場所がいささか交通不便という環境だったということもあって、とにかく土日の休みになると何だかんだと乗り回していたのだ。

その後、比較的交通至便な場所に引っ越したら、2台目以降の走行距離は激減してしまった。そうはいっても、何くれとなく運転する必要があるので、維持費には目をつぶって3台、4台と買い替えていったのである。

今の車は2013年に購入したので、今年で丸10年。あと3年で自動車税が上がることになるが、車の所有はこれで最後……なので、あと数年は乗り続けて乗り潰すつもり。

運転免許を取ったのはちょうど30歳の時で、実は車を運転しようなどとは考えておらず、先に書いたように、交通的に不便な場所だったがゆえに、一大決心をして教習所通いをしたのだった。

世間的には5年――2回目の車検の直前――に下取りに出して乗り換えるというらしいが、そこまで車に凝るつもりもなかったので、こんなカーライフになったのである。

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道話§かわいそうな自動車たち [自動車]

20年近くドイツやオーストリアでレンタカーを走らせてきた。アウトバーンも毎回必ず数百kmは走っていて、ちょっとだけ日本よりスピードを出しては楽しんでいる……もちろん緊張もしたが。

アウトバーンを走っている時、現地の人間もスピード狂は掃いて捨てるほど存在していて、ポルシェであったり、時にはフェラーリといったスポーツタイプの車に出くわすことも珍しくない。

そして彼らが、伸び伸びと信じられないスピードで追い抜き去っていくのを眼にしては呆れ返っていた。とにかく半端ないスピードでやってくるのだ。

速度の遅いトラックを2台ほど追い抜こうとして、十分に後続を確認して車線変更をし、速やかに追い抜いて走行車線に戻ろうとするのだが、気がつくと、けっこうなスピードでピタリと背後にいる。140、150km/h程度でタラタラ走ってるんじゃねーよという声が聞こえてくるかのようで、もちろんさっさと走行車線に戻る。

その瞬間、彼らはアクセルを踏み込んで“遅いスピード”から解放されようとする。そして間違いなく200km/hは出していることだろう。

そしてしみじみ思うのは、ポルシェであれフェラーリであれ、走るべき場所で走っているのだなと思う。大きなお世話だし、人の趣味を云々しようとは思わないが、そんな車を日本で走らせたら車に申し訳ないとか、オーナーはそんなことなど考えもしないのだろうな。

まあ、そんな代償として起きた事故は半端ない。何度かアウトバーンでの事故の処理現場を通り過ぎたが、ほとんど原形をとどめない残骸がクレーンでトラックに積み込まれていたのだ。

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快話§高速道路とドライブレコーダー [自動車]

この7月で丸10年乗ることになる、これが最後となりそうな我が愛車が、先月ようやく、走行1万4千kmを超えた。1984年の秋、一番最初に買った車は8年で8万km走ったのに比べれば、何という乗らなさ加減であろうか。

それでも、このところ毎年のように尾瀬の登山口まで車を走らせるので、それだけで往復ちょうど400kmは稼いでくれる。そうして一度給油すると600km以上は楽々と走ってくれる。あるいは20km/ℓというエコノミーさである。

高速を走っていても滅多にアクセルを踏み込んでの加速をすることは、まずやらない。走っていての経験則だが、おおよそ80km/h+30kmあたりでアクセルペダルを塩梅してやるのが効率的に走れるような気がしているのだが。

まあ、ターボ付き1200ccという小回りだけはよく利いてくれるやつだから、人生最後に選んだ車としては上々だったと思って、何の後悔もしていない。

さて、オプションでドライブレコーダーを取り付けたのも正解だった。今時どんなトンデモな輩が理屈も何もないような狼藉に及ぶことなど珍しくなどなく、それはもうありがたい御守りとしてありがたく使わせてもらっているが、同時に我が身の運転状況のチェックにも役立っているはもちろんだ!

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交話§不思議な信号機 [自動車]

我が家からほど近いところにある交差点の信号の話である。

記憶の限りだが、車を走らせていて一度も赤信号に引っかかって停車したことは、これまで一度もない。

ある時、ふと“そういえば信号が赤になったのを見たことがない”と気がついて以降、一度も赤信号で停まったことはないのだ。

系統化されていないからかどうか、一つ手前の信号で停まっても、青信号の時でも、まったく関係なく“その信号”が赤になることは一度も経験していないという不思議である。

ちなみに逆側、あるいは交差点左右の道からは赤信号で停まることしばしばなのだが“その方向”からは青信号で通過するばかりで、同居人に教えたところ「なるほど停まりませんねー」と不思議がってくれた。

このことに気づく以前がどうなのだったか、思い出せればいいのだが、残念ながら記憶の外でしかない。

目下の興味は、この先にフリーパスで通っていた信号機が赤に変わって戸惑いながらも停止することが起きてくれるだろうか?

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転話§団地のマイカー事情 [自動車]

中古で購った現在居住中の我がマンションだが、間もなく築40年を迎える。躯体がしっかりしているというお墨付きをもらっているようで、お迎えが来るまでは十分に暮らせるだろう。

とはいえ、そこに暮らしている住民も同様に歳を取った。四十代で入居した人は八十代に、三十代の人は七十代となって、リタイア人生を送っている。

自身の高齢化に伴ってマイカーを手放す人も増え、四半世紀前に増設した駐車場にも空きスペースがずいぶんと目立ってきた。団地管理組合としては、管理費以外の貴重な収入源でもあり、車が減ることは痛し痒しなのだが。

そして、まだ乗り回している現役世代のマイカー事情にも変化が生じてきたと感じる。

彼らが乗っていたのは、ステーションワゴンやバンといった、ファミリーでドライブすることを目的にして購入した車種がメインで駐車場の中でも高い比率だったが、子どもが成長して親離れをした結果、多人数を乗せる車が必要なくなってしまったのだ。

この間見たら、大きなワゴン車から少しばかり尖り気味のスポーツタイプのセダンに替わっていて、ようやく自分が乗りたい車を買うことができたのだなと思ったのである。

そして、我がマイカー人生も残すところあと数年となってしまったようだ。

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自話§最初からオートマ車で [自動車]

運転免許を取得したのは1984年。当時はまだオートマ教習はなかったので、マニュアル車で運転を覚えた。

だが、元よりマニュアル車を運転するつもりはなかった。東京のような細かい道路が縦横かつ複雑に通っているところで、マニュアル車を動かそうとは考えなかったのである。

教習所を無事に卒業しそうなタイミングで、ディーラーでおめあての車を買い求め、免許取得とほぼ同時に納車して運転を始めた。

その時、既に考えていたことを実行に移した。左足でブレーキ操作をすることで、マニュアル車を運転する場合、左足でクラッチ操作をするのに、思い切り踏み込んでクラッチを切るから、左足を使って同じ動作でブレーキを踏もうとしたらとんでもないことになってしまう。

だからいきなり路上では操作せず、まず最初は駐車場での入庫操作で試すことにして、バック時に左足をブレーキペダルに置いてコントロールすることを努めた。それから次に、坂道発進を試してみて、その後徐々に範囲を広げていったのである。

今は、右足でブレーキ操作することは稀でしかなく、およそ40年を大過なく運転してきた。

しばしばニュースで、駐車場でのアクセルトブレーキの操作ミスでの事故が取り上げられるが、せめて駐車場でだけでも、左足でブレーキを操作していれば、事故の何割かはなくなってくれるのではないかと考えているのだが。

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石話§セルフのガソリンスタンドで [自動車]

もうずうっと同じガソリンスタンドで給油をしている。系列店で年会費無料のクレジットカードを持っているのだ。それで支払うと、1リットルあたり2円割り引いてくれるので、律義に利用し続けている。

もう20年以上の付き合いになるが、ずうっとスタッフが給油をして、窓ガラスを拭いてくれたりの“フルサービス”がお約束の流れだった。

それが、数年前にセルフスタンドに変わってしまった。多くの人は戸惑うこと多々だったと思うが、こちとら20年ほど海外でレンタカーを借りてドライブをしているので、現地のセルフスタンドにすっかり慣れてしまったおかげで、戸惑うことはない。

ただし、給油作業をする時はより慎重にしているつもりだ。ディスプレイで設定した後、給油ノズルを出す前に静電気除去パッドにしっかりとしつこく触って給油を始める。

海外旅行先で慣れているとはいっても、頻繁に給油するわけでもなく、せいぜい2か月か3か月に一度くらいだから、やはり慎重にならざるを得ない。

このところ月に一回か二回の歌舞伎座通いの往復に走ったりするので、給油頻度は上がっているが、その程度の間隔で済んでいるのは、とにかく燃費がいい車だから、高速を活用すれば燃費は1リットル20km近く、満タンにすれば、軽く600kmは走ってくれるかもしれないという何ともなお得感なのだ。

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顧話§今日の歴史~回転エンジン~ [自動車]

1967年5月30日、東洋工業(マツダ)がコスモスポーツ発売。

自動車を走らせるのは、ピストンを往復させる“レシプロエンジン”と呼ばれているシステムが主流で、ほぼ100%のシェアである。

往復しているエンジンをタイヤを回転させるためにはエンジンとタイヤの間に回転させるメカニズムが必要だ。だが、エンジンそのものが回転していれば、そんな中間のひと手間を省くことができるという至極当たり前の発想を具現化したのが、当時東洋工業だった今のマツダが開発したロータリーエンジンで、それを初めて搭載したのが1967年の“コスモスポーツ”だった。

この時、中学1年生だったが、いかにもスポーツカーらしいデザインに惹かれたことははっきり記憶している。そして、実物を眼にしたいものだと思いながらもそれは難しいだろうと考えていたのだ。

↓写真はウィキペディアから拝借
Mazda_cosmo_sport.jpg

だが、発売から半年足らずで、我が田舎町を走っているのを眼にした時は、半端なく興奮した。まさか実物を眼にすることになるとは!なのだった。

そんなロータリーエンジンだが、マツダのみでの販売に留まり、実車の生産はなく、エンジンのみを作り続けていると聞いた。そうしてガソリンエンジン車は間もなく製造されなくなり、ロータリーエンジン搭載の車を眼にすることはないということだ。

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操話§マニュアル車で免許 [自動車]

普通自動車免許を取ったのは1984年……30歳になった頃だったから、間もなく40年となる。

結婚して暮らし始めたところは、駅から徒歩15分ちょっと。歩いたところにスーパーマーケットはあったが不十分。大きなスーパーで買い物をするにはバスを使うしかなかった。要するに辺鄙な場所だったのだ。

さすがにこれはたまらぬと、暮らし始めて2年余り経ったところで、教習所通いを決意した。それまで、運転免許を取ろうとなど考えてもみなかった。

7月か8月頃から会社に向かう電車を途中下車して通い始めた。当時はオートマ限定コースはなく、マニュアル車での教習で、それまで自動車とは縁のない生活だったのであれもこれも戸惑うことばかり。

実地教習を3時間オーバーで何とかクリアし、路上での卒業検定もヘロヘロな運転ながら(たぶん)ギリギリで合格。

合格証を手に府中の試験場で受験し、無事に免許証を手にした。仕事をしながらの教習だったので、時間を作るのは大変だったが、午後から出社してもかまわない環境だったおかげで、自分としてはかなり集中していた記憶だ。

そうしてハンドルを握った車は、当時の人気車種であるホンダのワンダーシビック。車を運転する楽しさを教えてくれた車である。

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顧話§今日の歴史~ドイツの国民車~ [自動車]

1978年1月19日、フォルクスワーゲン・ビートル製造終了。

変わらぬコンセプトのまま2千万台も市場に出た車が、このフォルクスワーゲン・タイプ1……通称ビートルである。

タイプ1は1978年に製造終了となったが、1998年から2010年までフォルクスワーゲン・ニュービートルが、そして2019年までフォルクスワーゲン・ザ・ビートルが製造され、これをもって80年にわたって親しまれ続けた、ビートルは終わりを迎えた。

我が団地にもザ・ビートルに乗っている人が一人いる。眺めながらいい車だと思っていて、前の車から買い替える時に選択肢の一つなのだったが、残念ながら予算の折り合いがつかず、早々に諦めてしまったのだ。

今も所有して走らせているオーナーのみなさんは、どうぞこの先も大切に愛用してください。

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視話§動画サイトで車の事故動画を見る [自動車]

ドライブレコーダーがかなり普及してきたようで、YOUTUBEなどの動画サイトには、交通違反だけでなく、危険運転や煽り運転、そして生々しい事故の様子などが珍しくもなくアップされている。

それにしてもと思うのは、相も変わらず煽り運転が撮影されていて、煽る側はドライブレコーダーの存在に気がついていないのだろうかと思うのだが、我が車にはリアウィンドウに、写真のような“録画中”ステッカーを貼って注意を喚起しているが、何となく効果があるような気はするのだが。

drive-rec-1-400x448.jpg

というわけで動画サイトの生々しい動画を見ていると、いくら自分が注意していても、避けようのない事故がいくらでも存在していて、そうなった時はどうしようもない……間一髪で避けられれば御の字と思うしかない。

とんでもない信号無視や無茶な追い越し、歩行者がいる横断歩道を止まらず通過などなど、特に運転マナーについては、普段から注意はしていたつもりだが、まだまだ不十分なことがあるのだと、動画が気づかせてくれたのだ。

かくして、このところ一般道を走る時の運転については、かなり丁寧に走るようになっているはずである。

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週話§日曜粛々~自動車教習所の教官~ [自動車]

二十代から三十代に変わる境い目のあたりで運転免許を取得した。結婚して住み始めた住居がいささか不便だったので、2年ほど経った頃、意を決して自動車教習所に通い始めた。

会社に向かう午前中に途中下車ししたところに教習所があり、仕事のない午前中を利用してせっせと通ったのである。

学科の途中からコースの実技教習が始まったのだが、教官が千差万別であることに驚いた。おおよそ3種類いて、厳しい人、懇切丁寧な人とある中に、あからさまに人を小馬鹿にした態度で接する教官がいた。ハンドルを握って数時間程度の人間に向かって、できないことをチクチクとあげつらうのだ。

できないことをできるよう方向付けするのが教官の仕事なのに「ほら失敗した」と嘲笑すらしたのだった。はっきり言って意味のない“いびり”でしかなく、当然ながらその教官が課程通過の認印など捺すはずもない。

そんな教官が二人もいただろうか。おかげで、規程30時間のところ、3時間オーバーすることになってしまった。

今時であれば、ドライブレコーダーを使って教習の様子をチェックすることは可能であろうが、当時の車の中は密室状態だったのである。というわけで何とか卒業検定をクリアしたところで配布されたのが、教習についてのアンケート。はい、もちろん!その二人についての苦情をがっちりと書いたのは言わずもがなである。

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油話§ガソリンエンジン終了・・・・・・ [自動車]

今世紀の半ばには化石燃料で走る車が全廃され、電気自動車などに転換されるのだという。

ガソリンエンジンで走る車が誕生したのは19世紀後半のことで、およそ一世紀半以上もの間、地球上で君臨していたのである。そして地球温暖化という状況がなかったら、さらに走り続けていたのは間違いない。

個人的には、ガソリンエンジンの車を所有していて、この先10年以内に自動車の運転から手を引くだろうから、電気自動車の類を運転することはないのである。

残る寿命を考えても、ガソリンエンジン車の最後を見届けることもできなさそうだし、ついでに書くなら、ガソリンスタンドが道筋から消滅することも見ることはできないだろう。

似ているかどうかはわからないが、LPレコードからCDに変わった時のことを思い出す。ただし、LPレコードは消滅しそうになりかかったけれど、復権を遂げつつあって、この先もしぶとく生きていくことだろうが、ガソリンエンジン車が先々も走り続けることがないことは確実なことなのだ。

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油話§間もなく1万km [自動車]

2013年7月、13年乗った車の自動車税が1割上がったタイミングで、新車を購入した。翌年に還暦を控えていたので、真っ赤な車体カラーを選んだ。そして、これが我が人生で最後のマイカーとなるだろう。

というわけで、排気量1100ccの5ナンバーと身のほどの車は運転しやすく、気楽に乗れるのはありがたい。

……のだが、走行距離が伸びない。辛うじて年間1000km程度しか走らない。先月末時点で約9500kmと、ようやく1万kmが見えてきた。この秋に、もう一度尾瀬に行こうと考えているので、そのあたりで1万kmに到達するはずだ。

運転免許を取って運転を始めたのは1984年。その時乗った車は、1年で1万km走っている。その車は8年乗って、ほぼ8万km乗った。平日は、地獄のような忙しさで、土日しか乗る時間はなかったのに、よくもまあ乗ったものである。

今は、週に2日……3日は乗ることなく、近場への買い物車としての役割のゆえ、1週間で20kmも走るかどうか。

この車が最後のマイカー、手放すのはいつになるか……いずれ答えは出てくるだろうが、乗っても75歳あたりがギリギリかと考えている。

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