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愉話§一日一句~布団から出そびれて~ [俳句]

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【去年の今日】頂話§歌舞伎の山あり谷あり[上]
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街話§神保巷塵[100]おもだかや [ラーメン]

[承前]

・・・・・・という“神保巷塵[99]”をまとめたところで、一軒のラーメン屋を思い出したので、簡単にまとめておこうと思った。20年ほどで閉店をした……

おもだかや

……という、新潟ラーメンの店である。

1980年代に店を出し、一時は神保町で2軒営業していたが、世紀が変わる頃にひっそりと閉店していたのだ。

この店が流行ったのは、ラーメンがというよりも、夜になると居酒屋的趣きの店になることだった。個人的には魚介出汁ラーメンは好みではなかった。

それよりも、夜の居酒屋に足繁く通った。新潟という強みを生かして、日本酒はすべて新潟の地酒。久保田だとか八海山、それを一合400~600円程度で提供し、さらに新潟の酒肴が強力なのである。

一番のお気に入りは“栃尾油揚げ”で、ふんわり厚い油揚げの横腹を裂いて刻み葱をたっぷり入れ、レンチンしてラーメンだれをかけるのだが、これがうまい。栃尾揚げ一つで酒が三合はいけてしまう。日本酒三合につまみ2品でご機嫌になった後の締めにラーメンをもらうのだが、わがままを言って、お願いするのは“かけラーメン”で、具は刻み葱だけ……こうすると、魚介出汁のスープが気にならない。

そんな使い勝手のいいラーメン屋だったのに、なぜに閉店しちゃったのかなと思う。時折、ネットで調べてみるが、新潟にはまだ3軒ほど健在である。
                               [続く]

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街話§神保巷塵[99]閉店の・・・・・・ [神保町]

[承前]

神保町に直接足を運ぶのは月に一回程度。そんな頻度であるからか神保町の変化は見て取れる。

それよりも、インスタグラムのようなSNSで神保町について発信しているのを見ると、さらに顕著に街の変化を知ることができて、それは、かつての神保人にしてみれば、目まぐるしさで眼が回るようなのだ。

にしても、毎日神保町まで通っていた身にしてみたら、その頃はもう少しだけ落ち着いていたのではなかったか。

定年退職する頃から、神保町界隈にラーメン屋が雨後の筍のごとくに開店のラッシュが始まって、その波は靖国通り沿い古書店街の間にまではびこるようになってきた。

そして、開店した時はどの店も元気がよくて、そこそこ行列ができたりもするのだが、その勢いが3か月も続いてはくれず、様々な試行錯誤を繰り出した揚句、白旗が上がり、ある日気がつくと敢えなく閉店しているのである。

ついこの間も、靖国通り沿いの神保町1丁目南側の一等地のラーメン屋が閉店していて、閉じられたシャッターには“テナント募集”の貼り紙がされていた。

“あわよくば一旗!”と勇んで店を出すのだろうが、結局は体力が続かず、本意ではない撤退となる。そうして見ると、神保町で半世紀、一世紀と店を維持していることの大変さを改めて思い知るのである。
                               [続く]

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