過話§天地始粛~七十二候~処暑 [七十二候]
処暑の次候“天地始粛(てんちはじめてさむし)”である。
“てんちはじめてさむし”……そんなこと、あるはずなどないではないか。
戸外では、少なくなってきたとはいえ相変わらず蝉が賑やかに鳴いている。そこに秋らしさを添えているのが、コオロギの仲間たちの夕方の部である。
季節が移行する境い目になりつつあるけれど、どっこい夏がしっかり居座っているということだ。
日の出は5時台に入ったし、日没は18時に近づいている。9月が近づくと、暑さはともかく、雰囲気に関しては、秋であることを否応なく感じさせるのである。
《七十二候のトピックス一覧》
“てんちはじめてさむし”……そんなこと、あるはずなどないではないか。
戸外では、少なくなってきたとはいえ相変わらず蝉が賑やかに鳴いている。そこに秋らしさを添えているのが、コオロギの仲間たちの夕方の部である。
季節が移行する境い目になりつつあるけれど、どっこい夏がしっかり居座っているということだ。
日の出は5時台に入ったし、日没は18時に近づいている。9月が近づくと、暑さはともかく、雰囲気に関しては、秋であることを否応なく感じさせるのである。
《七十二候のトピックス一覧》
週話§日曜有閑~1950年代生まれは既に~ [昭和]
気がつけば1950年代生まれの人間たちが、社会の表舞台から消えつつあるようだ。
もちろん、出世して役員だとか経営者に登り詰めた人たちは別だが、大多数の宮仕えの人間は、定年退職で会社から退いていっていると思われる。
ということは、社会の主流既に1960年代から70年代生まれに移行しているということか。自分たちがそういう位置にあったのは、もう20年も前のことになってしまった。
さらに、昭和生まれ最後の頃に大学を出て社会人となった人間も、定年という区切りが視野に入っているということに気がつく。
時は流れ……と書いてみると、アポリネールの『ミラボー橋』という詩を思い出す。堀口大學の訳で。
日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る
うーん“私は残る”ことはないなあ。間違いなく、時とともに流れていく。
《日常のトピックス一覧》
もちろん、出世して役員だとか経営者に登り詰めた人たちは別だが、大多数の宮仕えの人間は、定年退職で会社から退いていっていると思われる。
ということは、社会の主流既に1960年代から70年代生まれに移行しているということか。自分たちがそういう位置にあったのは、もう20年も前のことになってしまった。
さらに、昭和生まれ最後の頃に大学を出て社会人となった人間も、定年という区切りが視野に入っているということに気がつく。
時は流れ……と書いてみると、アポリネールの『ミラボー橋』という詩を思い出す。堀口大學の訳で。
日も暮れよ、鐘も鳴れ
月日は流れ、わたしは残る
うーん“私は残る”ことはないなあ。間違いなく、時とともに流れていく。
《日常のトピックス一覧》