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街話§神保巷塵[97]神保人 [神保町]

[承前]

こんなしがない身の上でも、37年半を神保町で過ごしたのだから“神保人”の端っことか頭数に入れても罰は当たらないだろう。改めて、神保町というエリアで過ごすことのできた我が身のを、謙虚に“よくやった”とほめてやりたいと思う。

何度か書いているように、同じ区の中にあって、永田町、霞が関、日比谷、大手町とは無縁だった。就職を考えた時もまったく眼中にはなく、それこそ自分の柄ではないと考えていた。あるいは、法学部とか経済学部で学んでいたりしたら、そのあたりでと考えたりしたかもしれないが、しがない文学部専攻にはお呼びでない場所で、むしろ神保町のほうが似つかわしかったのである。

今でこそ高層ビルみたいなものが少しはあるが、神保人成りたてだった頃の神保町は、首都高速を挟んだ南側一帯とは、一線を画す如きの佇まいだったのだ。

それは古書店街を中心に、下世話な商店や食べ物を商う店、そして出版を生業とする会社などから構成された、独特の空気感を醸し出しているエリアなのだった。

その空気感は、霞が関や大手町とはまったく違う、より自由かつ気ままな、らしき雰囲気の町だったのである。
                               [続く]

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