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週話§日曜枯寂~ご飯の量は・・・・・・~ [私事]

一度に炊くご飯は二合と決まっている。だが、毎日炊くわけではない。夕食の時に炊き、二人合わせて一合くらいは食べるだろうが、残りは冷凍して、翌日の昼食の時などに食べている。

ご飯をラップで包んだ後、水性マジックで包みが何グラムなのかを書いておくと便利だとは、後々になって気がついたこと。

一包みがだいたい150gから200g前後。おかずで食べる時は150~170gくらいだが、カレーのようなスパイスものだと200gちょっとをがんばるのだ。刺激物は、どうしても食べるご飯の量が増えてしまうが、カレーの量を鑑みれば、どうしてもそれくらいのご飯にしないと物足りない。もちろん、ご飯200g超という量はカレーを食べる時などに限られるが。

そして我が家の米は、宅配野菜から注文していて、2kgが月に2回届くのである。

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連話§コース料理は~根が根なので~ [私事]

いわゆるコース料理とか和食のおまかせとかは、食べる身にすれば不安要素が大きい。単純にどれほどの量なのか、最後まで食べ切ることができるものだろうかと考えてしまって、たぶん最後にコースを食べたのは数年前、高校の同期会のイタリア料理だった。

その時は、それぞれ量もほどほどだったので、残すことなく食べることはできて楽しいものだったが、いつもそうだとは限らない。

というわけで、年齢的な食欲事情もあるのかどうかはわからないが、例えば居酒屋の小皿料理とか、とんかつ屋とか天麩羅屋あたりのワンディッシュで料理が出てくるというのがありがたかったりする。

そして、たまには小洒落た旅館に泊まってみたいなどとも考えたりするが、そうした旅館にありがちなのが、これでもかと出てくる料理のオンパレードで、既にしてそんなに出されても食べ切れるものでないのは明らかなのだ。

せっかくの“おもてなし”であるのは重々理解できるけれど、食べられないものは食べられないわけで、例えば予約の時に軽いコースにしてくれとか、そうした調整が可能であればありがたいと思うが、そうした融通をきかせてくれるところがどれほどあるものかと思う……フードロス軽減に協力したいのだから。

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週話§土曜枯寂~ホワイトボードからメモ~ [私事]

日常使いのスーパーマーケットに買い物メモを持参するようになって久しいものがある。時にはメモ書きした物すら買い忘れたりすることもあるから、どうあっても買い物メモは必須である。

そうして、冷蔵庫には小さいホワイトボードが貼られていて、あらかじめその日に買うあれこれを書き込んでおき、それで買い物メモを作成するのだ。

そんな風にしても、思わぬ買い漏らしが起きるのは、チェック不足なのか、すっかり買ったと思い込んだりしたり、まるで眼中になかったり……これが加齢によるもので、物忘れもあるが、そこに“うっかり”という要素も加わり、状況を複雑にしている。

もちろんレジに並ぶ直前に、メモと籠の中身を照合することは忘れないけれど、ごくたまに――“ごく”ですぞ――チェック漏れが起きてしまうのは、本人としても忸怩たるものがあるのだ。

この先、我が身の状況が好転するとは考えられず、そうであれば自己防衛のためにホワイトボードとメモの書き込み及び照合は、より厳密に履行しなければならない……たかが買い物、されど買い物である。

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旅話§出張せし事 [私事]

宮仕え37年半、もっぱらデスクワークの会社人生を過ごした。そんなわけで出張したのは数えるほどしかなかった。

出張を命じられて出かけたのは、京都(1泊)、長崎(2泊)、清里(2泊)、浜松(1泊)、倉敷(1泊)、湯河原(日帰り)くらいのもので、回数を覚えていられる程度しか出張していない。

ほとんど全部が業務というよりも“見学”であったり“研修”的な色合いが濃い性格の出張で、気楽に行って気楽に帰ってきていたのだ。

まあ、出張という業務命令ではなく、どこかに行くのだったら勝手に旅行させてくれと思うほうなので、出張して先方との交渉や決め事をし、夜は夜で接待したりされたりというのは肌に合うほうではなかった、出張から帰った後、出張の様子をまとめて報告したりと、そんなあれこれも面倒そうに思えたので、それはもう、出張しない境遇に不満を持つなどということもなかった。

おかげで、重い荷物を手に“行商”よろしく、あっちへこっちへと渡り歩くような出張をせずに終わった宮仕え生活だったのだ。

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悩話§読書感想文 [私事]

夏休みの宿題の中に“読書感想文を書け”というものが必ず入っていて、それがたまらず嫌だった。

話はごく単純で“書けない”のである。本を読めば、それが小説であるならば、当然ながら何かしら感慨を持つのは当然なのだが、それをどのように感じたのか、文章にまとめ込むことができないのだ。

そのあたりを深堀りしていってみると、感想文が書けない大きな理由として読解力不足みたいなものもあるかもしれない。文章を読み込んで理解し、そこで感じたことを文章化する……こうして、ブログの文章を書くのと、感想文を書くのは、そもそも根本的に違っている。こうして自由文を書くのとは訳が違う。

個人的には特に、描かれている人間の心理の綾を読み取ることが苦手で、おざなりの文章を書いてお茶を濁すことばかりだった。おもしろい文章を読んだからといって、そのおもしろさを文章として表現する力とかセンスの類がまるで欠如していたのである。

だから、宿題を書くべく本は読んでみたものの、眼の前に原稿用紙を置いても、さっぱり文章が思い浮かんできてくれないのだ。その時にどんな文章を書いたか、もちろん覚えているはずもないが、何かよそよそしい内容だったというくらいの記憶しか残っていない。

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育話§小田原と真室川のハーフ&ハーフ [私事]

母は山形の真室川あたりで生まれ、祖父(父の父)は小田原の在から、それぞれ実家のあった町へ流れ着いた。祖父については、大正の後半にいい仕事があるからと聞き、小田原のありったけを売り払ってやってきたのだそうだ。

そんな祖父が和菓子屋姉妹の一人だった祖母を“ナンパ”しちゃったようでどうやら結婚して、何人かの子どもを持ったが、父親が10歳の頃のある朝、いつものように朝酒を呑み、何気なく咳払いをしたところ、あろうことか、脳の血管が切れ、あえなく逝ってしまった。だから、写真でしか知らない。

その後、祖母以下の一家が、戦前、戦中、戦後と苦労したのは想像に難くなく、リカバリーするには半世紀ほどを要したと思われる。

そして母である。どのような経緯で我が田舎町に行き着いたか、そのあたり詳しい話を聞くことはなかった。ただ、田舎町に姉が二人住んでいて、それを頼ってきたのではなかっただろうか。

というところで父と母が結婚し、小田原と真室川のハーフ&ハーフが誕生したのだ。

一度だけ、母の姉が住む真室川を訪れたことがある。小学校6年の冬休みのことで、延々と奥羽本線の特急で向かった先は、軒先まで雪が積もっていてその様子に驚愕したのだった。

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週話§土曜枯寂~疲れなかったの~ [私事]

同居人が、四十代半ばから後半あたりの日記をひっくり返して読んでいた。時折、その中身を読み上げてくれるのだが、それがまあ我々の何とも元気なことよ!なのである。

その頃、コンサートや歌舞伎を観に出かけ、その終演後に“軽く1杯”とか称して食事をして帰宅していたのだ。コンサートは21時頃に終演するから、そこから食事と考えても22時過ぎまではグダグダしていたはずで、帰宅するのは0時前ということではないか。

ちょっと笑ったのは、歌舞伎座夜の部を一幕見席で観た時のことで、演目は『伽羅先代萩』だったが、一幕だけ観るつもりが、あまりにもおもしろく、結局幕見席を買い足して先代萩を全部観てしまい、その後に勘九郎(当時)と勘太郎(当時)親子の『連獅子』まで見届け、終演後はビアホールに繰り出して酒食を楽しんだのだった。

そんな様子に、単純に“若かった”で済むようなものではなく、よくもまあと我が身ながら感心するのだ。

今はもう、コンサートや歌舞伎夜の部の終演後に、ビール呑んで、食事して帰るなどとは悪い冗談としか思えず、さっさと帰りの電車に乗るのである。

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喰話§食欲のおはなし [私事]

ごくごく普通に食欲はあるはずだ。毎日三食きちんと食べていて、おかげで健やかな日々を送っているのだ。

食欲はあるけれど、食べる量は明らかに減っている。五十代に入った頃からそれは顕著に表面化してきた。

問題は海外旅行に出かけた時で、主な目的地であるドイツやオーストリアの典型的な料理は量が多い。冗談ではなく草鞋大の肉が皿にドーン!とのっているのを見るだけで食欲は消え失せ、戦意喪失となってしまう。ドイツ料理だってうまいやつもあるのはわかっているが、その態だけでげんなりするようになるのは無理からぬことだろう。

それでも食べないわけにはいかないから、メニューをにらんでは、どうにか食べられそうな料理を注文する。

まあ、肉料理の類を避けさえすれば、選択肢は少なくなるけれど、自分でも食べられそうなのは見つけられる……シーザーサラダに割いた鶏肉が少しばかりトッピングされているようなものとか、そんなサラダはドレッシングのおかげで飽きずに食べることがでるのでありがたい。

そして……国内に眼を向けて、自宅での食事だが、例えば時季物の枝豆を茹でるのに、数年前だったら一袋全部を茹でていたのが、半分に分けて茹でるようになった。およそ130gほどだが、つまみとしてならそれで十分なのだ。

さらに、寿司にいたっては、10貫も食べれば腹一杯で動けなくなってしまうようになってしまった。

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筆話§絵心ゼロです [私事]

人の顔をよく覚えていて、記憶の中から引っ張り出すことができるとか、頭の中の地図でナビゲーションができるとか、そうした画像認識は優れているほうだと自らを任じている。

だが、そうした画像を描いて再現することはまったく苦手で、はっきり言えば、とんでもない絵しか描くことができない。

小学校の“図画工作”の授業以来、絵はまったくだめで、見るも無残な出来になるのは、これはもう最初から作画のセンスが皆無であるとしか思えず、きちんとした絵を描ける人を本当に羨ましいと思うのだ。

まずもって対象物を正しく写し取ることができず、さらに色彩感覚がまったくないから、色も正しく塗り分けること無理筋なのである。

かくのごとく、絵の態を為すことなく他人様にお見せできる絵など描けた試しがなかった。通知表の図画工作の成績も3がデフォルトで、間違って4が付いたときは首を傾げたことさえあった。

某テレビ番組で、タレントが描いた水彩画を評価するコーナーがあって、それを見ると、何とまあ見事なものでそうした才能を持っていることが本当に羨ましいと……うん“絵の才能”が少しぐらいあればよかったなあ。

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優話§有給休暇三昧 [私事]

宮仕え37年半のうち、前半20年近くは、有給休暇を取るどころではないくらい、年に一度でも取れたことがあったかというくらいの忙しさだった。

それほどガチガチの会社人間などではなかったが、それでも仕事に穴を開けるということは避けようと思った、その結果が会社に出て行くことだったのである。

まあ、そういう勤務をしていても何とか働き通せるくらいのタフさと健康は維持できたのだ。

それがまあ、自分的にはずいぶんと余裕ができたと感じた最後の17年ほどの間だが、不思議なことに有給休暇を取ることは少なかった。せいぜい、年末年始休暇の始まりと終わりに一日ずつ足したり、ゴールデンウィークの中の平日の穴埋めに使ったり、後は夏季休暇に一日か二日足して伸ばしていた。

だから最後は年間65日持っていた有給休暇だが、実際に取得したのは一年で10日あったかどうかではなかっただろうか。

ただし、さすがに定年退職までの一年ちょっとは、積極的に有休消化に努めた。会社の年度替わりは5月、6月からは新たな年度となって65日の有休が付与された。それを退職する9月半ばまでに50日ほど消化した。そのうちの14日は定年退職旅行に充て、後は残務処理の間に適当に休んだりしたが、それでも15日ほど残ってしまった。

定年退職時点で残った有給休暇は、会社が買い上げてくれるということで、それが支払われたのは退職から2か月後のことである。

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雅話§平日に遊べること [私事]

宮仕え時代は、勤務時間が通常の9時30分~17時30分より、およそ数時間は後ろ倒しだったので、定時に帰るなどとは夢のまた夢……もちろん定時出社などほとんどしたことはなかったのだが。

それゆえ、平日の演奏会には行きたくても行けるはずなどなかったのだ。もちろん、どうしても聴きたい演奏会があった時は、何とかやり繰りして出かけていたが、場合によっては終演後会社に戻ったりしたこともあったのだ。

いわば我慢の三十数年……定年退職で、縛りがすっかり消えてなくなった。

もちろん予算に限りはあるが、平日に行われるクラシックの演奏会ならば、値段も安くて我々の好きな上方の席を取ることができるし、歌舞伎だったら平日の席は選び放題に近いものがある。

そもそも歌舞伎座で行われる歌舞伎興行は、一か月25日(休演日2日)昼夜の二部制で、昼の部は11時開演……そんな昼の部に、ましてや平日に出かけられる勤め人などいるはずなどない。おまけに夜の部は16時、あるいは16時半開演なのだ。

だから宮仕え時代は、土日に出かけていたのだが、当然ながらチケット争奪戦となり、思うような席を確保するのに苦労した記憶がある。だから今は、しみじみと定年退職者のメリットに感謝感謝なのである。

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復話§嗅覚が鈍い [私事]

嗅覚が鈍い……たぶん、普通の人の半分以下の嗅覚しか持ち合わせていないのではと思われる。

実例としては、ミルで挽いたばかりのコーヒー豆の香りが、あまり感じられない。あたりまえのことだが、多くの人は嗅覚と味覚をリンクさせていて、コーヒーの香りと味を同時に楽しんでいるのだが、もう長いこと香りを感じないでコーヒーを飲んでいるが、それでも困ったことがないのは不思議だ。

もちろん嗅覚ゼロということではなく、それぞれの匂いがわからないわけではない。そんな時は嗅覚があるじゃんと思うのだけれど、もっと肝腎な時に嗅覚が鈍いと困るだろうと思ったのは、ガス漏れが起きた時のことである。

それは、ある意味致命的なことで、それくらいは感じられないと困る以上の生死に関わる状況になってしまうではないか。

“匂いのリハビリ”があると知ったのは、つい最近のことで、アロマオイルを何種類か嗅ぎ分けることで、匂いを把握していくのだそうだ。自分にも、それがあてはまるものか、ちょっと試してみようと思う。

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週話§日曜枯寂~貧乏暮らしのこと~ [私事]

決して裕福とは感じられない実家生活を過ごした。東京で下宿暮らしをしていた時でも、ギリギリの仕送りと、あとはアルバイトでまかなっていた。

東京で職を得て、安心はしたものの、経済的余裕とやらからは、縁遠い生活が続いたが、仕事を始めて10年くらい経った頃あたりから、何とかなりそうかなと考えられるようになったのは、同居人が職を辞して専業主婦に転じた頃だっただろうか。

少しくらいは贅沢ができるんだみたいな状況になりはしたものの、それまでがそうではなかったがゆえに、相変わらず“そこそこ”どまり……羽目を外してみたいなことはしないままだった。

これが自分の身の丈という決め事があったわけではないが、ここまでで十分という留め方もまた心得ていたようだ。

気まぐれに何かバーン!と張り込んでということもほとんどなく、無謀な浪費癖など起こすことなく、どうやらここまで来たのだった。

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塩話§自己流家計管理・・・・・・ [私事]

我が家の家計管理は実に大雑把である。もう40年このかた変わらぬやり方で日常を送っている。

まず、家計簿は記録していない。年金が入金されると、2つある銀行口座に応分の額をプールする。一つは光熱費やマンションの管理費、保険料などなどで、もう一つは生活費と食費、雑費の口座で、それぞれ一定額を入金しているという……“どんぶり勘定”そのものなのだ。

それでまあ、これまで不都合があったかというと幸いにも足が出て難儀したとか、そういったことはない。

ああ、一度だけクレジットカードの決済日に残高不足で、クレジットカード会社から連絡を受け、あわてて入金して事無きを得たことはあったが。あるその時点で持っている金額の範囲で生活し、それ以上“法を踰える”ような真似は厳に慎んでいて、身のほどの暮らしをしているつもりである。

ただ昨今、特に光熱費の口座をチェックしていると、特に冬の間の電気、ガス料金が想定以上に値上がりしていて、一度は追加入金をして何とか間に合わせたこともあった。

先々も、光熱費に関しては予断を許さず、口座をしっかりチェックして、残高不足にならないよう注意しなくてはならない。

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迷話§東西南北の感覚 [私事]

いわゆる“方向感覚”は希薄なほうだが、方向音痴ではない。自分自身が出した結論は、東西南北に関係なく、自分の中に座標軸があって、それを基に頭の中で地図を構築しているようだ。

東西南北という方向に関係なくと書いたが、特に旅先ではそれが顕著に起きるのである。毎年のように通っていたオーストリア・アルプスの地域に行くと、東西南北が完全逆転して認識していることに気がついた。

なぜ自分の中の磁石が狂っていたのかがわかったかというと、それまでは特に東西南北に拘らず、自分の中で勝手に東西南北を設定していたのである。

それがある日、ホテルで朝食を食べるために食堂に下りて行ったら、自分がずうっと西だと思い込んでいた方向から朝の太陽が上がってきたのを見て、びっくりすることになってしまったのだ。

そこで、自分の中で誤って認識していた方向軸の修正を試みたのだが、一度設定されてしまった方向を修正することは不可能に近く、潜在意識の中では相変わらず勝手に認識した方向のままなのである。

もちろん、日本国内でも時折だがそうした誤認識は起きてしまって、それがなかなか抜けてくれることはない。どうやら方向感覚よりは空間図形感覚で地理を把握しているということのようだ。

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