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別話§終活のおはなし~自動車と運転免許~ [終活]

[承前]

1984年秋に運転免許を取得。今の車が4台目で、ついこの間4回目の車検を済ませたところである。

年齢を考えるなら、今の車が最後で、乗り潰してさようならということだ。後は何歳で免許を手放そうかということだが、自分的には75歳あたりが目処となるかと踏んでいる。いつまでも運転し続けられるわけではない。

まずもって免許そのものを放棄し、身分証明に使える“運転経歴証明書”を交付してもらうか、さらに更新を繰り返すのか……さすがに、車そのものを手放してしまったら、免許を持ち続けていても意味はなさそうだ。

とはいえ、ただでさえ狭い行動範囲が、さらに狭まる可能性は否定できず、車を手放した後をどう動いていくのか、悩ましい問題になっていくだろう。

現時点で、実際にそういう状況になった時にどうなるものか、まったく想像ができておらず、なかなかに微妙なせめぎ合いになるような気がしている。

とりあえず、高速道路を走っての遠距離移動は70歳あたりで打ち止めとし、その先数年は近場の“スーパーカー”で無難かつ不可欠な足の便として活用していくつもりでいるが。

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別話§終活のおはなし~どうなるんだろ~ [終活]

[承前]

というわけで、我が“生”の行く末について短期集中で考えてみた……が、とても考え切れるものでないということも理解できた。考えられないものは考えられないということだ。

とにもかくにも、思いついてできることは少しずつ進めていくしかないし、パソコンだのネット関連については、こちらが先の場合は同居人にお願いをするとして、自分が後になったら、優先順位を付けて不要と思われるあれこれを片付けていくしかない。

繰り返し繰り返し何度も書いていることだが、終の栖(すみか)として、散骨墓地は確保してある。後は首尾よく処理をしてくれる人間が納めてくれれば我が人生は完了となる。

この先、長くて20年(さすがに30年はない)、短ければ数年のうちにはお迎えが来るだろう。さて、この世で最後に眼にする光景はどんなものだろうか。

“終活のおはなし”だが、一旦終了とするけれど、この先も断続的に再開させるつもりである。
                               [続く]

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別話§終活のおはなし~所有物~ [終活]

[承前]

生活するためのあれやこれやに始まって、膨大な“物”が我が家に存在している。他人から見れば何の役にも立たないあれやこれやもあるが、そんな中に、自分の趣味の領域で後生大事に集めた、ささやかなアンチック的コレクションもあったりする。

それらを買った時、自分の所有物になったという意識を抱いていたのだが、お迎えが近づきつつある今、気がついたこととして、確かに金を出して買いはしたけれど、未来永劫“自分のもの”ということはあり得ず、実は“一時預かり”のようだということなのだ。

そうして、そうした物は誰かに引き継いでもらえれば、それが理想だと思っている。

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上は17世紀の銅版画家マテウス・メリアンが作成したミュンヘンの都市図で、目下数点を額装して飾っている。それらを極楽浄土に持って行くことなど叶うはずもないから、次の預かり先を考えなくてはならない。

結局、最後の最後は自分のものというものなど何一つ存在せず、無となって我が身も何処かへと消え去っていくのである。まだ、もう少し時間は残っているとは思うけれど。
                               [続く]

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別話§終活のおはなし~インターネットは~ [終活]

[承前]

インターネットとパソコンが、終活をより複雑かつ難しくしているようだ。前世紀、パソコンを所有している一般家庭がどれほどだったのかはわからないが、今世紀になり、インターネットの爆発的な普及によって、ネット内における繋がりが発生した。

ネットショッピングなどで、多くのショップと“取引”をするたび、それぞれ登録をする必要が生じる、その都度ログインするためのIDとパスワードを作成していかなくてはならない。ネットの初期は、それほどネットで買い物をしていなかったのでそれほどではなかったが、ここ10年ほどは、IDとパスワードの数が半端ではなくなったので、某所に保存している。

そして、同居人が先に旅立ってしまったら、まあ同居人のパソコン処理は、さほど難しくはないが、こちらが先になってしまったら、これはもう大変な作業が待っていることは間違いない。

それに加えるなら、ネット内での課金もいくつかあって、我が死後に誰も処理をしてくれなかったら、死後であっても口座から勝手に延々と引き落とされてしまう。

そうしたあれこれを、どうしたらいいのか……とにかく“その日”がいつ来るのかわからないまま、今だに大きな課題として頭の上にあることなのだ。
                               [続く]

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別話§終活のおはなし~不定期連載~ [終活]

不定期的に終活の話を書こうと思う。もはや“まじめ”に終活を考えなくてはならない年齢になってしまっているのだ。あまりにも当たり前に過ぎる話だが、これまで生きてきた時間と同じ時間をこの先生きられるはずなどないという、わかりきった前提である。

では、あと何年生きられるものか……そんなことわかるはずなどはないだろう。ひょんなことで30年くらい生き永らえるかもしれなければ、来週あたりあっけなくお迎えが来てしまうかもしれない。

いつお迎えが来るものか、それがわかっていれば話は簡単で、それを目安に終活を進めていけばいいだけのことである。

だが、その“いつ”がわからないから、あれこれ頭を悩ませなければならないし、ぐずぐずしている間に中途半端な終活のまま逝ってしまいかねない。

逝ってしまったが最後後戻りはできないことになっているので、残るすべてはほったらかしのままで、後を託すことになってしまう。

常々書いていることだが、一応公正遺言証書は作成してあって、それに従ってもらえればいいし、散骨墓地も用意してあるので、最後はそこに撒いてもらえば万事終了なわけだが、そこまで指示どおりに事が進んでいってくれるかどうかも問題なのだ。

同居人とどちらが先なのかというのも、なかなかに難しい話で、後に残ったほうには、けっこうな負担がかかってしまうような気がする。というわけでいよいよ待ったなしになりつつある終活について、考えていかなくてはならなくなってきた……という、終活の心構えについて時折書いていくつもり。
                               [続く]

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