離話§国内線の飛行機搭乗記[上] [飛行機]
国内旅行をあまりしないこともあって、国内線の飛行機にはほとんど乗ってはいない。ゆえに、乗ったすべての行き先といつ乗ったかまで覚えている。
一番最初に乗ったのは1979年7月。旧羽田空港から伊丹の大阪国際空港だった。交通費先方持ちという関西への出張で、はみ出た分は自己負担で飛行機で行こうと考えた……まだ一度も旅客機に乗ったことがなかったのである。
乗ったのは全日空のトライスター……あの“ロッキード事件”で話題になった飛行機で、予約のしかたを失敗して、窓側ではなく、センターブロックに座ることになってしまったので“ただ乗っただけ”でしかなかった。
2回目も会社の出張で1981年2月に長崎に行った。飛行機の機種は覚えていないが、往復のフライトとも東亜国内航空。この出張は、長崎県観光協会がクライアントを招待するという“ごっつぁんツアー”で、五島列島の福江島まで足を延ばしたのである。
まさに“下にも置かぬもてなし”とはこのことで、ここまでの接待旅行は、後にも先にもこの時が一番だった……まさに大名旅行!
というわけで、会社の出張で国内線に乗ったのは、この2回だけである。
[続く]
《飛行機のトピックス一覧》
一番最初に乗ったのは1979年7月。旧羽田空港から伊丹の大阪国際空港だった。交通費先方持ちという関西への出張で、はみ出た分は自己負担で飛行機で行こうと考えた……まだ一度も旅客機に乗ったことがなかったのである。
乗ったのは全日空のトライスター……あの“ロッキード事件”で話題になった飛行機で、予約のしかたを失敗して、窓側ではなく、センターブロックに座ることになってしまったので“ただ乗っただけ”でしかなかった。
2回目も会社の出張で1981年2月に長崎に行った。飛行機の機種は覚えていないが、往復のフライトとも東亜国内航空。この出張は、長崎県観光協会がクライアントを招待するという“ごっつぁんツアー”で、五島列島の福江島まで足を延ばしたのである。
まさに“下にも置かぬもてなし”とはこのことで、ここまでの接待旅行は、後にも先にもこの時が一番だった……まさに大名旅行!
というわけで、会社の出張で国内線に乗ったのは、この2回だけである。
[続く]
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