計話§ワープロからパソコンへ [パソコン]
仕事をしていた会社にワードプロセッサー(ワープロ)が入ったのは1984年頃だったかと記憶している。その時、珍しくも目新しいものに飛びついたのは仕事につかえそうだと思ったからである。
仕事に必要なデータを打ち込むことでキーボードの打ち方を覚えた。その時のワープロは富士通のオアシスで、親指シフトという珍しいキーボード配置だったが、覚えてみれば意外なほどに打ちやすかった。
この後、ワープロの時代が15年ほど続き、世紀が替わるタイミングで社員全員のデスクにパソコンが一台ずつあてがわれた。同時に社内LANも整備され様々な決済事がパソコンにインストールされた事務ソフトでできるようになったのだ。
自宅のパソコンのほうが会社より数年早く買って、親指シフトだったのが、今度はローマ字入力をしなくてはならなくなったが、それはまあキーボードのアルファベット配置を覚えていたので、それほど苦もなく克服できた。
このように、インターネットの発達と歩調を合わせるように、ほぼ20年……定年退職後も、パソコンは我が生活の中で一つの確固たる位置を確保していて、ある意味コントロールセンターとしての役割を果たしているのである。
《日常のトピックス一覧》
仕事に必要なデータを打ち込むことでキーボードの打ち方を覚えた。その時のワープロは富士通のオアシスで、親指シフトという珍しいキーボード配置だったが、覚えてみれば意外なほどに打ちやすかった。
この後、ワープロの時代が15年ほど続き、世紀が替わるタイミングで社員全員のデスクにパソコンが一台ずつあてがわれた。同時に社内LANも整備され様々な決済事がパソコンにインストールされた事務ソフトでできるようになったのだ。
自宅のパソコンのほうが会社より数年早く買って、親指シフトだったのが、今度はローマ字入力をしなくてはならなくなったが、それはまあキーボードのアルファベット配置を覚えていたので、それほど苦もなく克服できた。
このように、インターネットの発達と歩調を合わせるように、ほぼ20年……定年退職後も、パソコンは我が生活の中で一つの確固たる位置を確保していて、ある意味コントロールセンターとしての役割を果たしているのである。
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